2019.11.17/第6回 岡山ジム主催興行


イベント名:JAPAN KICKBOXING INNOVATION 認定 第6回岡山ジム主催興行

主催:岡山ジム

会場:岡山市総合文化体育館メインアリーナ(岡山県岡山市南区浦安南町493-2)

日時:2019年11月17日(日)

認定:JAPAN KICKBOXING INNOVATION

(http://kick-innovation.com)

後援:岡山市

 

◎……KOまたはTKO勝ち

〇……判定勝ち

×……負け

△……引き分け



第18試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 決勝戦 3分3回戦(延長1ラウンド)

 

○ タップロン・ハーデスワークアウト(タイ/ハーデスワークアウトジム/SB世界スーパーライト級4位、元WMC世界フェザー級王者)

× 小川 翔(OISHI GYM/WBCムエタイ日本ライト級王者、HOOST CUP 日本スーパーライト級王者、蹴拳ムエタイスーパーライト級王者、元REBELS-MUAYTHAIライト級王者、K-1甲子園2012王者)

 

判定3-0(29-27、29-27、28-27)

※タップロンがトーナメント優勝

 

 初戦から肘打ちありの過酷なワンデイトーナメント、3試合目のファイナルマッチ決勝戦。

 

“破壊獣”タップロン・ハーデスワークアウトは、1回戦の水落洋祐戦を1ラウンドKOで切って落とし、2回戦、マサ佐藤に判定完勝するもかなりのタフマッチでダメージも疲労も相当なはず。入場時も顔色は優れない。ただ眼は爛々と据わって光っている。ちびっ子との入場は微笑ましいのに、身体から湯気のように漂う殺気とミスマッチ。

 

“サイレントスナイパー”小川翔は「事実上の決勝戦」とまで言われた1回戦のジン・シジュン戦をスプリットデシジョン(判定2-1)でクリアーし、2回戦、山口裕人とこの日どころか今年のベストバウト候補に挙げてもいい大激闘を幻のダウンまで喫ながら勝ち上がった。しかし、その損傷具合は、あまりにもクールなポーカーフェイスで隠されて窺い知れない。つまりは身体も頑丈だが心の強さが半端ないことでもある。

 

ZAIMAXトーナメント最後の試合開始ゴング。

 

ゆっくりと探り合い。場内は緊張に満ちる静寂。まずはローキック交換。軽い打ち出しでもそれを主武器にしているだけあって小川の蹴りは強く鋭い。タップロンは、文字通り距離なりタイミングをリサーチする触角として脚を振るっている感じ。共に徐行運転。

 

タップロンが左フックを当てると小川が右ハイキックを返す。すると、突然始まった。競輪ならば銅鑼でも鳴ったかのように猛烈な打ち合いダッシュ。小川の場合、山口戦時のラッシュが相手を変えて続行されたかのような猛打連発。どちらが誘ったのか? 相撲で時間いっぱい前に一番が始まることがあるように互いに申しわせられたのか? タップロンらしい、もしくは小川らしからぬパンチ振り回し合戦。顎を打ち抜いたのはタップロンの右フック。ガクンと小川ダウン。悔しさを能面に滲ませて立ち上がり再開。ここで仕切り直しに入るのが小川的には普通だろうし、タップロンはそうはさせじとラッシュを被せるはずのところ、なんとまた狂ったような乱打戦を再開する。小川がそれを選択したか? タップロンがそうさせたのか? 小川圧倒的不利のガチンコ破壊競争は、またタップロンがものにして、右フックでダウン連取。防御力も高いがタフネスも相当な小川は、またしても当たり前のように立つ。これまでのダメージ蓄積を考えれば、ルールではないながら2ノックダウンで止めるレフェリーだっているかもしれない。しかして続行。ラウンド終了まではあと僅か。しかし、そこから2ラウンドもあるのだから。小川に救いのゴング。タップロンに邪魔な鐘。

 

2ラウンド。ここでタップロンがサウスポーからオーソドックススタイルにスイッチ。基本形で一気に攻め落としにかかるのが定石だろうに何故? なんらかの身体の異変をかばうためか? 理解が及ばない超高度な戦略か? ゲームの達人か格闘家の奥義か? 強豪ぞろいのトーナメント参加者中、技巧上位2名で間違いない両者は、見えない駆け引きをしているのだろう。当然、優位に立つタップロンが先行し、右ミドルキックや右肘打ち、左ミドルキックなど繰り出し、蹴り足をすくい転倒させる合気道的な技も披露。しかし、強引には攻め倒しにはいかないタップロン。ビッグポイントを守りに入ったか?

 

小川にとってポジティブ(攻める意)しかない、タップロンにはネガティブ(守りに入るの意)でなければならない3ラウンド、当然、小川が急発進。1ラウンド終盤に負けた乱打勝負を再び挑むが、当たり前にタップロンは乗ってくれない。ならば、巻き込むのみと強引に小川が仕掛け続け、タップロンは、前蹴りや首相撲で凌ぐ。その中で小川の左フックが効いた。追え小川! 逃げろタップロン! ここで明確となったのは、強打に隠れがちなタップロンの超絶技巧。小川のテクニックは、見た目に美しく分かりやすい。しかし、こういう場面で開ける引き出しがしっかりと保持されているタイ人への驚嘆、ムエタイ無間地獄の恐ろしさでもある。小川の能面などとうに剝がれ飛んでいる。必死しかない。ゲームセットの鐘が鳴る。判定を待つ段取り前に、優勝・タップロンは確定。観客は勝利宣言の前にそれを祝う拍手を贈っている。疲労困憊で笑顔は苦笑いに見えるが、心の中では飛び跳ねて歓喜していることだろう。リング上でそのまま表彰式に入り、ZAIMAXトーナメント王者の栄誉と優勝賞金を手に入れた。

 

人はここまでの労苦を半日で乗り越えながら、こんなに朗らかな笑顔であれるものだろうか? 破壊獣の正体は、優しきモンスターだった。

 

タップロンのリング上インタビュー(本人の日本語):ハイ、みなさん、こんにちは! 今日は勝って優勝しました! ありがとうございます! 優勝したら……嬉しいですね~!(笑) また、よろしくお願いいたします!

 

小川のリング上インタビュー:最後……いや、本当に申し訳ありません。ありがとうございました。


第17試合 61.5kg契約 3分5回戦 肘打ちあり、首相撲無制限

 

× 森井 洋介(野良犬道場/元KNOCK OUTライト級王者、元全日本スーパーフェザー級王者、元WBCムエタイ日本フェザー級王者、元WPMF日本フェザー級王者、元Bigbangスーパーフェザー級王者)

◎ 原口 健飛(FASCINATE FIGHT TEAM/Road to RIZINキックトーナメント優勝、元ACCELフェザー級王者)

 

TKO 3ラウンド 0分34秒 ※レフェリーストップ

 正午に開場し1時までには始められた興行は、ここまで16試合を消化し閑静な岡山が静寂に包まれる夜7時過ぎ、ようやくメインイベントたるここまできた。味の濃いベストマッチが頻発し過ぎる幸福は、詰めかけた観衆に興奮と喜びとセットで疲労も配ってしまったことだろう。しかしてこの森井×原口を見ずして如何とする? そんな日本最高峰のカード、ここまで繰り広げられた熱戦群に食傷を起こしていないか? それ故、最高の美食が堪能できないのではないか? しかし、そんな心配は杞憂に終わる。あまりにもとてつもないものを目の当たりにすることになるからだ。

 

入場先行、青コーナー、原口健飛。華がある。奇をてらったことはなにもしないが圧倒的な光彩を放ちシンプルにリングイン。四方にお辞儀ではなく両腕で押忍の十字を切る。これにより空手道を歩み、それを今も大切にしていることを表現した。

 

赤コーナー、森井洋介は、まるで勤め人が通勤するかのように力みなく、歩みも早く、会社に到着した日常かのようにリングイン。静かであることが己の哲学と矜持をかえって強く感じさせる逆説的主張。

 

1ラウンド、ゴング、始まってしまった新旧頂点対決。オープニングヒットは、原口の左ローキック。尋常でなく速い。更に原口の上体をやや反らせてウェイトシフトを後方に預けたこの姿勢は、ディフェンス優先の形であり、深刻な被弾を受けにくい代わりに攻撃力を減少させるのが難点と思われる。それだけ“Mr.KNOCK OUT”森井の攻めに対し慎重に構えているということか。その万全な警戒に隙はなく、森井ほどの強者が攻めあぐねて膠着してしまう。それでいながら原口は、サウスポーからの左前蹴り(しかもそれは三日月の凶器)とジャブ並みの速さで楽に放つ左ハイキックなどをスムーズに繰り出すので試合の流れば自然と原口に傾いていく。肘打ちあり、首相撲無制限で原口にとって初ルール。でいながら、森井が飛び込みの左フックを叩き込むところを首相撲に捕らえると回転してこけさせる。続いて右左の二弾蹴りの大技も披露。ゴング。原口の存在感は体躯の差だけではなく感覚として大きく森井を上回っている印象。だが、知っている。森井はここからいきなり爆発する。それだけに緊張感が高まるしかないラウンドだった。

 

2ラウンド。左ミドルキックというよりも左中段蹴りと称した方がいいムエタイとは異なる一発がサークリングする森井に痛打直撃。サンドバッグを金属バットでフルスイングしたような衝撃音。喰らった森井はまったくの無表情。17 (10)が、右脇腹は「ものの数秒でここまで損傷するか?」と疑うほど赤黒く内出血している。森井はひたすら機を伺う。原口は、デュフェンス優先体制を保ちながらも先に挙げた左蹴りのような凶器を間断なく突き刺してくる。それでいながら本命は「後の先」か、カウンターを誘っている罠を臭わせてもいる。奥がどこまであるのか分からない怖さ。17 (3)そこでまた叩きつけられる原口のしなやかな左上段蹴り。これを防ぎきれずにバランスを崩す森井に流れの乗せた右フックが直撃する。ダウン。森井は当たり前のように立ち上がるが、そこに原口はギアを数段階も上げて独りだけ早回しになったかのような連打をボクシングスタイルで撃ちまくる。先ほどまで後屈立ちだった防御型は、瞬時に凶悪極まりない攻撃型のクラウチングとなり、そのギャップに見ている側の頭も付いていけないような急変。マシンガンを乱射、いや正確無比に撃ちまくる鉄拳の雨。倒れない森井のアームガードや長年鍛え抜かれたボディーの装甲ごと削り壊されるような嵐。一発でも急所に入ればジ・エンドの地獄。ゴング。まさに救いの鐘の音。観客は歓声を上げているのだろうが、あまりの一方的場面に気持ち引いてしまっているようにも思える。すべてが予想以上だからだ。

 

残酷な3ラウンド。原口初の5回戦だが、後半ラウンドなど要りようもない。それ程のダメージが明らかな“平成キックボクシングの英雄”森井が当たり前のようにコーナーを発つ。行く先は死地に違いなくとも。そこから僅か34秒だった。右上段蹴りからのフック連打で森井の身体は硬直しマットに沈む。ここで終わっている。いや、前ラウンドでか。だが、立つ。仕事だから当たり前? そんな過酷な義務があっていいものか。今度は左上段からのパンチ連打、更に左ハイキックで森井の身体がくの字で固まり、それでも倒れない。レフェリーが試合を強制終了。森井は働くことを続けるのを当たり前に許されなかった。圧巻の掃討戦。太平洋戦争末期の沖縄戦でもあるまいに。いや、全容把握不能の戦闘力ということでは異星人からの侵略が適例だろう。残ったのは焼け野原。光り輝く理解しがたい人型をした力の塊、原口。勝負が残酷だなんて知ってはいたはずでも、ここまでのものだとは。いまだ底の知れない新たなスーパーヒーローのお披露目は、岡山であまりにも衝撃的に完了した。

 

原口のリング上インタビュー:ありがとうございます、ハラグチ・ケントです! ヒジあり、ヒジなし、どちらでも強いことを証明しました! 次は、トップの道、RISEのベルトを獲りに行きいます!


第16試合 ウェルター級(66.67kg) 3分3回戦 肘打ちなし、首相撲無制限

 

× イ・ギュドン(韓国/Samsan Gym/韓国ミルメカップ60kg級王者、KBA65kg級王者)

○ 高木 覚清(岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION)

判定0-3(28-29、29-30、28-30)


第15試合 株式会社ミズケイ presents WPMF女子世界フライ級(50.8kg)タイトルマッチ 2分5回戦

 

× タナンチャノック・ゲーオサムリット(王者/タイ/ゲーオサムリットジム/WPMF世界女子フライ級王者、タイ国プロムエタイ協会女子フライ級王者、元WPMF世界女子ライトフライ級王者、ミラクルムエタイ女子ワンデートーナメント2018 優勝)

○ 小林 愛三(挑戦者/NEXTLEVEL渋谷ジム/初代ムエタイオープン女子フライ級王者)

判定1-2(49-48、48-49、47-49) ※小林が新王者となる

岡山ジム主催興行で誕生した広島のムエタイ世界王者、白築杏奈を引きずり下ろして、昨年12月16日、新女王になったタナンチャノックは、スピード豊かで繊細なテクニックを使いこなすムエフィームー(万能タイプ)だが、最大の武器は、主武器の右ミドルキック以上に凄まじい気魄にあるように思った。心技体を備えた完全無欠のクイーン。

 

挑戦するは、KNOCK OUTで女子エースとして活躍した“渋谷小町”小林愛三。対タイ人戦績5戦4勝1分の無敗で今回初の世界戦を迎える。

 

丁寧にワイクルーを舞う女王を尻目に最低限の礼節を尽くして舞踏は省略する小林。慣れない舞いをするくらいなら試合に集中するといったシンプルな思考か。

 

1ラウンド。右ローキックからスタートした小林の攻めにタナンチャノックは余裕の笑み。それは、小林の身上である前進からのコンビネーション、ワンツーからの右キックが強く繰り出されればするほど笑顔が広がる感じで、攻める小林が手数は様子見で少ないタナンチャノックに呑まれている印象がある。顕著なのはタナンチャノックのバックステップ。愚直に前進する小林の圧力に“下げられる”のではなく“受け流して下がる”のだ。誘い込んで右ミドルキックをカウンターする。フィームーの常套戦術。圧巻は、右ミドルキックを小林にキャッチされたタナンチャノックがリターンの攻撃が来る以前に片足のまま右ストレートを連打してせみた場面。バランス良い身体能力の高さとイニシアティブを渡さない気の強さが確認できた。

 

2ラウンド。タナンチャノックの笑みはいつのまにか薄れている。「ウォームアップは終わり」ということか、勝負に集中し始めた証拠か。互いに得意な右ミドルキックを交換する中、小林の左ハイキックがタナンチャノックの顔を叩き、前進の勢いも増していく。初回からまるでラストラウンドに全力を注ぎ込むように体力を絞り出しているが、そのまま5回戦を走り抜ける自信があってのことなのだろう。技巧では自分よりも相手が上と認める小林が、フィジカル台風に巻き込もうとう算段か。ここでもタナンチャノックは、後退しながら小林の攻めを受けるが、段々と受け流しきれずに“下げられる”場面が目立つようになる。

 

3ラウンド。意を決したのだろうタナンチャノックは、小林に頭から首相撲で組付きヒザ蹴りを連打。「エィン!」と叫びながら微笑は鬼面に変わっている。ミドルキックの乱打戦でも女王は「イーッシ!」と怒声を上げる。小町との誉れある小林の顔面を袈裟斬りにしようという凶暴な右肘打ちを大上段に振りかぶり、そこに掛け声まで被せられたら、闘志というより狂気に近い。すると、突如、小林が呼応した。「アーッ!」と叫びながら蹴り、「アアアーッ!」と怒鳴りながら連打する。小林の過去ベストマッチとして名高い“天才ムエタイ女王”伊藤紗弥の第5ラウンドで発動した暴走モード。あれが再誕したか? 勝負はここから狂気×暴走のカオスに突入する。

 

4ラウンド。両者の眼はブッ飛んでいる。後退からのリターンが中心のタナンチャノックが「アッアッアーッ!」と唸りながら前に出る。これに小林は「アーッイ!」と左テンカオ(組みつかない膝蹴り)を打ち込む。これではこれまでの逆のケースではないか。右を蹴りあう両雌の強度は、試合終盤に入りながら上がる一方だ。小林のワンツーが直撃した。効いたのかと思われるが、タナンチャノックは「エイーッシ!」と攻撃を返す。前ラウンド以上に声は出っぱなしとなっている。

 

最終回、5ラウンド。ラストラウンドと知ってか知らずか無限に打ちあおうとする二人。小林のパンチの連撃に肘打ちが混じる率が高まってきた。“斬る”ではなく“壊す”ようなそれが。伊藤戦で無意識に繰り出したという斧肘も出る。タナンチャノックは、声を張り上げながらも下がる場面が多くなる。しかし、これは押されているではなく誘いの後退であることも再開され、より鋭く右ミドルキックや右ストレートが撃ち込まれる。ゴング。早い。あっという間に死闘は終わってしまった。

 

判定は、スプリット(2-1)となった。新女王即位の令が発せられると前女王は、小林にハグして手を差し上げた。あれだけの混沌たる激闘から一転、晴れ晴れとした戴冠式だった。

 

小林のリング上インタビュー:こんな自分に大きなチャンスをいただき、ありがとうございました!(泣きながら四方に深々と礼)(注:「こんな」は今年計量オーバー失格の件を指していると思われる)技術もない自分がパワーで押し切って強引に勝てましたが、まだまだ強い選手はいると思います。一歩一歩前進して、このベルトに相応しい芯から強いチャンピオンになります! 本当にありがとうございました!


第14試合 有限会社トータルプランニングルミナス presents WPMF世界フェザー級(57.15kg)暫定タイトルマッチ 3分5回戦

 

× プレム・T.C.ムエタイ(暫定王者/タイ/T.C.ムエタイジム/IPCCインターコンチネンタルスーパーフェザー級王者)

◎ 安本 晴翔(挑戦者/橋本道場/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/REBELS-MUAYTHAI フェザー級王者、元INNOVATIONスーパーバンタム級王者)

KO 1ラウンド 2分0秒

※安本が新暫定王者となる

ムエタイ世界戦、トラディショナルな流儀に従いワイクルー(師に感謝を捧げる舞踊)を安本も王者と共に舞う。タイ人トレーナーがいない橋本道場においてこれをどうやって学んだか、安本の競技への敬意と真剣味が伺える。

 

白面の安本は、緊張があるのかないのか判断しがたい素のポーカーフェイス。赤銅色のプラムは「職業:戦士(タイ語でナックムエ)」の風格。

 

試合開始のゴングが鳴ると、様子見が定石のムエタイのリズムを毛頭破棄した安本がサウスポーからの右ローキック、更に右ハイキックを叩きつける。しなやかながら重厚な蹴りは痛々しい炸裂音を伴うが、王者は意に介さず堅固に上げた両腕の盾の隙間から上目づかいに若き挑戦者を睨みつける。挨拶返しに放ったプラムの右ローキックは重厚。序章ながらハイレベルな攻防は予告編的緊張感が満ち、空気は凍る。

 

そして、プレムが棍棒を叩きつけるような右ミドルキックで安本の上腕を叩き、それをリセットする途中、体勢が整う前、吸い込まれるように安本の左ハイキックが側頭部を直撃。意識がフラスコに注がれた水であるなら、その大半が零れ落ちてしまったのではないだろうか。たたらを踏んで後退するプレムに向かって一直線に走り込み、軽快な左のショートフックを叩きつけると、プラムは易々とマットに膝をついて転倒しダウン。プライドか反射運動か、王者は立ち上がり、レフェリーが8カウントまで数えて試合を続行させたのは衝撃の数秒前。

 

「ピキーッ!」とガラスにヒビが入るような耳をつんざく破壊。それはいつの間にかオーソドックススタイルにスイッチした右利きである安本の右ストレートだった。

 

関係者間で「強いタイ人」と噂され、安本は動画を見るなり「強い」と即断したナックムエは、多少残っていたフラスコ内の水を飛び散らしながら粉々に砕け散った。1ラウンド2分丁度のショッキングは、1秒もない完全な静寂の直後、爆発的な驚嘆と賞賛の歓声に変わった。

 

“黄金”“ダイヤモンド”でも形容したりない故、“The PLATINUM”と呼ばれる新世界王者、安本は岡山で白銀の閃光を放った。

 

安本のリング上インタビュー:ありがとうございます! 嬉しいです! もっと面白い試合をするので、僕に注目してください! 押忍!


第13試合 幸輝興業株式会社 presents

INNOVATIONウェルター級(66.67kg)タイトルマッチ 3分5回戦

 

× 番長 兇侍(王者/Hard worker/JAPAN KICKBOXING INNOVATION)

○ 太聖(挑戦者/岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION)

判定0-3(48-49、48-49、47-49)

※太聖が新王者となる

 同カード、1勝1敗で迎えた3戦目は、太聖の地元興行で行われる番長の初防衛戦。

 

1ラウンド。走り込んで奇襲をかけた太聖だったがこれは空振り。そして、驚いたことにオーソドックススタイルのはずの番長がサウスポーに構えている。“全弾フルスイング”と呼ばれる強打者の番長は、決して技巧派ではないだけに意外。だが、太聖に動じる様子はなく、逆に右ミドルが好ヒットする他、右縦肘打ちなどサウスポー相手に定石の右先行の攻撃が有効。番長は蹴り始めに合わせられた太聖の軽いワンツーに転倒するあたり、サウスポーの付け焼刃感は否めない。実際、試合後に太聖に「あのスイッチはどうだったか?」と訊くと「右の攻撃がバンバン当たるのでラッキーだった」と振り返ったが、露骨な作戦失敗だったかもしれない。しかし、番長の左ミドルキックやロングレンジのパンチは強烈で必倒の恐ろしさは十分。

 

2ラウンド。早速、番長はオーソドックススタイルに戻している。そこからはこれまでの過去2戦をプレイバックするに近い互角の攻防。強打の番長とトリッキーな太聖。

 

3ラウンドも同様で、インターバル中の中間採点発表は、ジャッジ2名が太聖を支持し、1名がイーブン。

 

後半戦、4ラウンド、スタミナが尽きる気配もない太聖は、機動力豊富に手数を増やしてあらゆる技にトライする。その貪欲さが顕著な反面、番長は消極的ではないが勢いにやや飲まれている印象。しかも番長はいつしか左肩を盛んに気にしだしており、肩の亜脱臼などを連想される動きも見せる。互いを「ズッ友」と呼び合う親友対決ではあるが、太聖はそんな番長の陰りに目もくれず勝利のみに集中している。左腕が使えないまでではないがパンチ中心で動けなくなった番長は、ローキックとミドルキックを基調に戦略を立て直している様子。その間、太聖は集中力を研ぎ澄まし、持てるすべてを出そうと気を吐く。

 

5ラウンド、そんな太聖の気魄に合わせるように番長も全力を吐き出しにかかる。13 (3)これに太聖は、一見同じフルスイングパンチの左右で応え、キックボクシングのタイトルマッチでありながら西部劇中の豪快な殴り合いの様相となる。終盤には、太聖は胴まわし回転蹴りを連発。太聖の死力を尽くす積極性は十二分に伝わってきた。試合が終わり、判定を待つ間、番長は挑戦者コーナーに笑顔で歩み寄り「チャンピオン、おめでとう!」と負けを認めて祝福。何か吹っ切れたような爽やかさを残した。

 

判定は、前王者の自覚通り勝者、太聖。新王者の誕生に本人は人目もはばからず号泣。

 

太聖のリング上インタビュー:やっとです! 僕のように4度もベルトに挑戦させていただける人はいないと思います。これも田村さん(岡山ジム相談役の田村信明氏)や岡山ジムの皆のお陰です! やっと、やっっっと、チャンピオンになれました! 番長選手は、フルスイングの強打で、僕は意外と打たれ弱いんですけど、ウッ先生(岡山ジムのタイ人トレーナー)と作戦を考えて勝てました。INNOVATIONのチャンピオンになれたので、次は、大きな舞台に挑戦していきたいです! 是非、シュートボクシングのベルトに絡ませていただきたいです。宍戸先生(“ミスターSB”宍戸大樹のことだが先生の敬称をつけたのはテンパっていたからだと思われる)には、バックブロー(実際はバックドロップ)でTKO勝ちしているので。僕みたいにセンスがなくって、顔だってカッコ悪い男だってベルトが巻けました。む、報われました!(大泣) これからだと思うので、よろしくお願いいたします! (ここで横にいた師匠のウッがその場で拳立伏せを命じ号令とともに20回をこなし、立ち上がってハグ。太聖は号泣。ウッの目にも涙)


第12試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 準決勝戦(Bブロック) 3分3回戦(延長1ラウンド) 

 

○ 小川 翔(OISHI GYM/WBCムエタイ日本ライト級王者、HOOST CUP 日本スーパーライト級王者、蹴拳ムエタイスーパーライト級王者、元REBELS-MUAYTHAIライト級王者、K-1甲子園2012王者)

× 山口 裕人(山口道場/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/WPMF世界スーパーライト級暫定王者、元WBCムエタイ日本スーパーライト級王者、元INNOVATIONスーパー ライト級王者、元DEEP☆KICK 63kg級&65kg級王者)

判定3-0(29-27、30-28、30-26) ※小川が決勝戦進出

名古屋の小川と大阪の山口。この組み合わせが今までなかったのが不思議なほどの好カードがここで実現。優勝に向けて集中力高まる両雄は、共にベテランでもあり集中力を高めながらやや早歩きでも悠々と花道ブリッジを渡り抜けリングイン。

 

1ラウンド。滑らかなジャブからサークリングの山口。静かに待ち構える小川。お互いの右ローキックが交錯する。どちらも強烈。山口はギラギラと猛獣の眼。小川は仮面のようなポーカーフェイス。山口の右ストレートが頭にも腹にも強振される。当たれば必倒の威力を感じさせる。これを小川は完璧に防御しながら細かく左右ローキックを返す。空手出身の小川の下段蹴り(ローキック)はコンパクトで、どの試合においても小刻みにリターンされるが、そうプログラミングされているマシーンのように冷酷で正確。それでいながら上段蹴りも左右、ムエタイ的なテンカオも含め技が多彩。青コーナーでコーナーマンを務める弟“マッドピエロ”山口侑馬の口からは「巧いな」と感嘆が漏れ出てしまう。小川は、左ハイキックも好打。それにしても攻撃的な山口の攻めは派手で、小川の高度なディフェンステクニックにほぼ阻まれようとアピール度は高く、試合のイニシアティブは下がりながらも小川が取っているようだが、互角にも取れる印象。ド派手な山口と“地味ツヨ”小川の個性が浮き彫りとなる。

 

そして、2ラウンド、この日のベストラウンドと断言していい大波乱のドラマを迎える。

 

山口の速いジャブはソリッドでパシーンとヒットするが、それにもすかさず小川は下段蹴りを返す。山口のワンツーが入る。強烈に見えるが、小川はディフェンス力が高いだけでなく打たれ強さも相当(もしくは顎を引き額でパンチを受けるなど当てられ方も巧いのかもしれない)で、はやりすぐにローキックを返す。表情は怖いくらいに能面チックな超冷静。見間違いかもしれないが山口は頭突きで先行するような強引な飛び込みさえ見せて、前進し倒しに行く。こちらは狂気の形相でまさに“クレイジーピエロ”。対極の個性がぶつかり合う名勝負が奏でられる中、ラウンド終盤近く、突然、試合は変調しクライマックスが訪れる。

 

見事な山口の右バックハンドブローが直撃する。シンプルに放たれたそれは、おそらくそれまでに様々な仕掛けが交えられ当たるように仕向けられていたのだろう。小川は尻餅をつき、それを見た山口は「ヨッシャ!」とガッツポーズでコーナーに下がる。が、小川はそれこそ一瞬で立ち上がる。これを凝視していたレフェリーは短時間に考慮してこれをノーダウン(スリップ)とした。しかし、ダウンを確信していた山口はすでに小川に背を向けている。試合は中断されていない。「ダウンじゃない続行だ!」とリングサイドの関係者が山口に怒鳴る。「えっ?」と振り向くと、そこには臨戦態勢の小川が能面を外して鬼と化し襲い来る修羅場。猛烈な打ち合いが数秒続く。まるでサンドバッグの追い込みのような勢いでパンチを叩き込み合う。その中で小川の右ストレートがクロスカウンターで撃ち抜かれ山口ダウン。場内は嬌声(いや驚声か)に包まれる。侑馬は「なんじゃーっ!」と怒声を上げる。無理もない。ラウンド終了まで数秒を残して続行。幻のダウンを奪った山口がものの数秒でKO負け寸前の大ピンチに陥っている。混乱。フラフラの山口、早回しのビデオの様に正確なパンチを速く連打する鬼小川。ゴング。

 

重要なインターバル。山口コーナーは、何やら怒鳴りながらも最終回に向けて回復作業に努めている。小川は一気呵成。青白い炎がオレンジ色から真っ赤に燃え上がっているようだ。

 

3ラウンド。国内有数の技巧者でもある両雄がラフに激しく打ち合う。まさに勝負の刻。普段の試合ならこの展開に舌なめずりの山口だが、深刻過ぎるダメージに猶予がなさ過ぎる。小川とて損傷は甚大なはずだが、勢いは小川に大きく傾いている。ラフと表現したが、小川の攻撃はそれでもバリエーション豊かで正確、美しい。それは長年の修練による賜物だろう。例えば優れた画家なら殴り書きでも美しい絵を描いてみせるように。それは山口も同様で、放たれる攻撃はすべて必倒の威力を保っている。

 

閑話休題。以前、興味深い話を山口から聞いた。天性のKOファイターにしか見えない山口は「試合で常に倒すことなど狙っていない」と言ったのだ。彼のこれまでの激烈なKO劇は「常に“狙ったホームラン”ではなく“ヒット狙い”が伸びてホームランになる」ようなものだったのだと。それで23勝のうち16KOを叩き出してきたのだ。

 

鬼の二人は必死。これは準決勝戦。勝てば次にファイナルマッチがある。が、そんなことは微塵も思考にないだろう。高度なレベルの打ち合いが滅茶苦茶に交錯する。観客にとっては黄金の時間。ファイターとその仲間にとっては地獄の最中。バリエーション豊かな小川の攻撃はスクランブル時でも美しい。山口の猛打はそれでも唸りを上げ続ける。試合終了のゴングがかき鳴らされる。

 

判定は聞くまでもなく小川のユナニマス。最大4ポイント差をつけたジャッジもいる。

 

「判定が出た瞬間」ではなく「試合が終了した途端」に大石陽一郎会長の切れ長の眼が光り、小川の決勝戦への準備が始められていた。

 

山口陣営は、納得いかないこともあるだろう。しかし、その場で抗議するでもなく足早にコーナーから去っていく。口では悪態を振りまいても山口兄弟と山口道場一同は、スポーツマンシップ豊かで素晴らしい。書き加えれば、山口と小川は、試合が終わって笑顔で抱擁しあい、互いを称えあっていた。これぞファイティングスポーツ競技の真骨頂。

 

これ程の試合は滅多にあるものではなく、豪華な当興行のメイン数試合はまだ残っているが「これがベストバウトで間違いない」と思わせる熱戦。

 

ところが、残す後半戦の佳境、驚きはまだここから加速する。


第11試合 セントラルグループ presents

岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 準決勝戦(Aブロック)

3分3回戦(延長1ラウンド) 

 

○ タップロン・ハーデスワークアウト(タイ/ハーデスワークアウトジム/SB世界スーパーライト級4位、元WMC世界フェザー級王者)

× マサ 佐藤(名護ムエタイスクール/英雄伝説64kg級アジア王者、西日本統一ライト級王者、蹴拳ムエタイライト級王者、DBSライト級王者、元RKAライト級王者)

判定3-0(30-28、30-28、29-28)

※タップロンが決勝戦進出

 前試合に続いてちびっ子・タップロンと共に入場のタイ人強豪は、共に金色のお揃いトランクスに履き替えており、つまりはトーナメントの勝ち上がりを当然としている。沖縄北部から乗り込んできた“やんばる将軍”マサ佐藤は、大勝負への緊張感か、より闘志を高めていることがわかる昂ぶりが隠し切れない入場。

 

1ラウンド。タフネス評価が高い佐藤は、相手の攻撃を受けて返すことが身についているのか、防御はボディーワーク少なめのアームブロック中心であることから、パンチ安全圏の外から強烈な右ローキックを叩きこむタップロンには都合よく、パンチの左右連打からのコンビネーションも叩き込まれ手数で大きく引けを取ってしまう。動きが滑らかで肘打ちも織り交ぜ技が多彩なタップロンが“柔”ならば、強引に構わず硬いパンチやローキックを振り回す佐藤は“剛”のイメージ。

 

2ラウンド。1ラウンドを取られたと見たか、佐藤がギアを上げて機動をアップ。相打ちでも強打を叩き込もうと手数をあげる。しかし、タップロンは佐藤が狙う攻撃は事前にほぼ見切っている具合でディフェンス成功率が高い。逆に佐藤は、多彩なタップロンの攻撃、しかも数々の強豪をKOしてきたそれを次々被弾はするが、分厚い鎧の装甲がごとく打たれ強さが尋常ではなく、ポイントは取られてもダメージはごく少量しか芯に伝わっていない様子でもある。それはタップロンが左フック→左右ボディーブロー右ローキックといったコンビネーションを全てヒットした時も同様で、腹にも脚にも装甲は巻かれているらしい。特にタップロンの左右ローキックは何発も入っているのだが、試合後、普通に歩いていた佐藤は「脚は全然大丈夫です」と語っていた(ついで「頭はもっと平気です」とも)。しかし、ポイントはどうしても上げられてしまうわけで、スロースターターの佐藤は3ラウンドの得点ゲームに弱い。だが、ラウンド終盤、初戦の翔貴戦で倒した一発ほどではないものの、やっとのこと右ストレートをねじ込むことに成功した。タップロンは、決して打たれ強い方ではないが、これには顎を引きガッチリ耐えてみせる。

 

インターバル中の採点経過報告は、当然「ジャッジ3名がタップロンを支持」だが、深々と赤コーナーの椅子に座るタップロンの様子がややおかしい。眼が泳いでる。青コーナー、佐藤陣営は「効いてるぞ!」と最終ラウンドに気勢を上げる。

 

3ラウンド。佐藤はギア全開で前に出て打ちまくる。スタミナも無尽蔵に見えるフィジカル強タイプだけに、この動きが初回から出せれば恐ろしいのだが、そのもどかしさも含めて佐藤の個性ではある。下がるタップロン。小走りに追う佐藤。青コーナーは「チャンス、チャンス!」と声を上げる。だがしかし、バックステップを踏みながらも返しに強烈な左ローキックや左テンカオを当てるのはテクニシャンのタップロン。が、構わず佐藤は前に出続ける。「あと少し!」とセコンド声も空しくゴングは鳴り、判定は2ポイント差が2名、1ポイント差が1名のタップロン完勝となる。

 

決勝戦進出のタップロンは、どう見ても疲弊し、脚も引き摺っている。佐藤はケロリ。コーナーマンから「決勝戦の代打出動があるかもしれない」とリザーバーとなる幸運の準備さえしている模様。見事な勝利だが、タップロンの闘いの真骨頂はここから佳境を迎える。


第10試合 70kg契約 3分3回戦 肘打ちあり、首相撲無制限

 

○ 緑川 創(目黒藤本ジム/新日本キックボクシング協会/WKBA世界スーパーウェルター王者、元日本ウェルター級王者)

× チューチャイ・ハーデスワークアウトジム(タイ/ハーデスワークアウトジム/S-BATTELミドル級王者、元HOOST CUP 日本ミドル級王者)

判定3-0(30-29、29-28、29-28)

今年6月1日、2度目のラジャダムナンスタジアム認定スーパーウェルター級タイトルに挑みながら惜敗で宿願のベルトを逃した緑川が約半年ぶりの復帰戦。

 

10 (3)チューチャイは、長らく日本で活躍し、20戦以上戦いながらほぼ負けがない強豪。隣の広島県からの応援団が多く、東京から来た日本人の緑川よりも格段に多い激励賞が贈られる人気ぶり。これは即ち、安易に負けるわけにはいかないタイ人のやる気スイッチが押された状態でもある。

 

10 (1)アンディ・サワーにさえ勝利した機動力豊かなボクシングを中心とした一見ムエタイとはかけ離れたスタイルの緑川だが、コンビネーションに肘を練り込み、長身のチューチャイを相手に首相撲で負けないムエタイ力を見せつける。

 

これにチューチャイは、単発の左ミドルキックと首相撲からの肘打ちで応えようとするが、それを見越した緑川はこれを見切り決定打を出させない。

 

単調にも見える攻防は、概ね緑川がペースを握る展開で問題なく判定3-0で勝利したが、宿願のラジャ王座を見据えてか、勝利に喜ぶではなく反省しきりの様子だった。


第9試合 67kg契約 3分3回戦 肘打ちあり、首相撲無制限

 

× 井原 浩之(Studio-K/元MA日本ミドル級王者)

○ 馬木 愛里(岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/MuayThaiOpenウェルター級王者)

判定0-3(28-30、28-30、27-30)

圧倒的な才能とスター性を持つ“ピンクダイヤモンド”馬木愛里が一昨年の秋、交通事故で再起不能級の重傷を負い、そこから執念の復帰を遂げたのが今夏7月28日。タイ人選手に2ラウンドKO勝利でプロ初のタイトルを手に入れると、今秋10月14日には、INNOVATIONウェルター級王者だった“全弾フルスイング”番長兇侍も2ラウンドTKOに仕留め「モノが違う」と嘆息せしめた。9 (3)そして、地元・岡山で冬のはじめに復帰3戦目。相手は、隣県広島で旧知の元MA日本ミドル級王者、井原浩之。年上で階級上のファイターに敬意を表するように馬木が青コーナー、井原が赤コーナーに布陣されている(慣習的に赤コーナーが格上とされる)。

 

まだ19歳の馬木は、身体を弛緩させそこからノーモーションで鞭のように打ち込むロングレンジの左ストレートや前蹴りなどが冴えに冴える。美男の馬木が一流タイ人ムエタイ選手のように薄ら笑みさえ浮かべ冷淡かつ余裕の構えであることに対し、ベテランの井原は、ガードを高く頑なに前進を繰り返す。スピードとキレが段違いの馬木は、確実にポイントを得てダメージも与えているようでいながら仕留めきれないジレンマを感じさせつつあった3ラウンド終盤、左肘の刃物で斬りつけたような一撃で井原が大流血。顔面を朱に染めるその様子からTKOかと思われたが続行許可が下ろされ、そこからしばらくで試合終了のゴング。結果、馬木が判定3-0で圧勝。

 

「実はあのタイプが大の苦手なんです」と試合後に語った馬木だが、眠れる才能はまだまだうたた寝から目覚めていない様子。来年が楽しみな駿馬が岡山からの疾走を待つ。


第8試合 スーパーフライ級(52.16kg) 3分3回戦 肘打ちあり、首相撲無制限

 

○ ジラキット・ゲーオサムリット(タイ/ゲーオサムリットジム)

× MASAKING(岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION)

判定2-0(30-30、29-28、29-28)


第7試合 スーパーフライ級(52.16kg) 3分3回戦 肘打ちあり、首相撲無制限

 

× 志門(テツジム滑飛一家/日本キックボクシング連盟)

◎ 平松 侑(岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION)

TKO 3ラウンド 2分51秒

※平松の左肘打ちによる出血でドクター検診の結果、レフェリーストップ


第6試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 1回戦(B2ブロック) 3分3回戦(延長1ラウンド) 

 

○ 山口 裕人(山口道場/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/WPMF世界スーパーライト級暫定王者、元WBCムエタイ日本スーパーライト級王者、元INNOVATIONスーパー ライト級王者、元DEEP☆KICK 63kg級&65kg級王者)

× NOBU BRAVELY(BRAVELY GYM/KOSスーパーライト級王者、元WPMF世界スーパーライト級暫定王者、元WPMF日本スーパーライト級王者)

判定3-0(30-29、30-28、30-27) ※山口が準決勝戦進出

試合内容にハズレのない山口は人気選手であり、ビッグマッチ慣れした堂々たる入場。高い集中力と気合いを感じさせながらヤンチャな色香が所々に見えるあたりスターファイターのムードが漂う。一方、NOBUは、極端に物静かで試合のみに集中する職人的な雰囲気で赤青コーナーで対極の色合い。

 

1ラウンド。山口の左ローキックを皮切りに常に攻撃は彼に先導される。だが、両腕ガードを高く保ち前進するのはNOBUの方。これは山口がサークリングやバックステップを厭わずに柔らかく対応しているように見える。激しい打ち合いが身上だけに見過ごされがちだが、山口のテクニックはかなり多彩。これに右ミドルキックを強振するNOBUがムエタイ的アプローチ。速いジャブからコンビネーションを狙う時折、大胆にバックスピンキックを単発で繰り出すなど派手な山口が試合の趨勢を支配している印象でありつつ、NOBUが肘打ちなり何かを狙っていることは明らかで、山口先行逃げ切り体制のようでいながら目が離せない。

 

2ラウンド。初回と同様の展開ながら、山口がアームガードの高いNOBUに右ボディーブローを次々とヒット。レバーやストマックへの急所に直撃はしていないものの攻勢アピールは強め。試合中、距離が取れた際、NOBUが「ハーッ」と大きく嘆息したのは、腹筋の緊張をほぐす為か右強打が効いているのかわからないところ。時折、ミドルキックだけではなく左フックや右ストレートなどのパンチも鋭く繰り出すNOBUだが、ほぼ単発で派手な山口の攻撃を上回る印象は作れない。

 

インターバル中に発表された中間判定は、ジャッジ3名とも山口を支持。

 

最終回、3ラウンド。派手な攻撃の中、細かく繰り出していた山口の内腿への左ローキックでNOBUの左前脚は赤黒くなっている。リングジェネラルシップを取り続ける山口は余裕の笑みを浮かべながら勝利を確信して、あとはKOを狙うだけの雰囲気。これにカウンターパンチなり肘打ちで一発逆転を狙っているであろうNOBUに弱気は見えないが圧倒的不利も続く。そんな展開の中、試合終了間際、スリップで転倒した山口にNOBUが右サッカーボールキックを入れてしまう。悪意のある痛打ではなかったが、これに激高した山口は立ちあがるなり「オラーッ!」と叫び剣呑さを爆発させる。猛連打を開始しようと喧嘩腰の山口だったが、すぐに終了のゴング。この反則が故意ではないことは山口も分かっていた様子で、破顔一笑でNOBUにグローブタッチ。なんと魅力的な悪童であることか。

 

判定は問題なく山口のユナニマス(3-0)。フルラウンド、ノンストップで動き続けた山口の疲労はそれなりのはずだが、そう感じさせないクレイジーピエロは笑顔で準決勝戦進出。


第5試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 1回戦(B1ブロック) 3分3回戦(延長1ラウンド) 

 

○ 小川 翔(OISHI GYM/WBCムエタイ日本ライト級王者、HOOST CUP 日本スーパーライト級王者、蹴拳ムエタイスーパーライト級王者、元REBELS-MUAYTHAIライト級王者、K-1甲子園2012王者)

× ジン・シジュン(韓国/Psycho pitbulls/大韓キックボクシングCKSミドル級王者、ヨンナム地域KBC王者、TAS7チャンピオンシップ優勝)

 

判定(29-28、28-29、30-29)

※小川が準決勝戦進出

気合いの入った表情のジンと涼しげながら強い集中力を感じさせる小川の入場は好勝負を予感させる。

 

1ラウンド。左ミドルキックの打ち合いから始まった攻防は「プレッシャーをかけて前進しながら右フックの強打を狙うジン」と「ディフェンス優先を前面に左右ローキックを散りばめながら多彩な技で探りを入れる小川」の構図。大胆に踏み込んで強振するジンに最短距離で素早く当てる右ハイキックをあわせる小川。圧倒的なテクニックと多彩な技を披露する小川がやや優勢で初回が終了しようとする刹那、より大きく左にダッキングして放ったジンの右フックの大砲がヒットし、一発でポイントをイーブン以上にしたものの、これにケロリとした様子の小川のタフネスも確認できた。

 

2ラウンド。パワーのギアを全開にした様子のジンの圧力がグッと強まる。しかし、ここで炸裂したのが昨今の格闘技界で流行りのカーフキック(ふくらはぎへのローキック)だった。ただでも強烈な小川のローキックの中に突如として組み込まれた右のそれは強烈で、一発目から体重をかけたジンの左足に異変を起こさせる。しかも右足内腿への左ローキックやオーソドックスな右のローキックも混ぜるのでカーフキックの効果もより増大している模様。これに顔色を変えたジンは、気が付くと前進が常時ではなくなり、小川が逆に前に出てプレッシャーをかける展開に。

 

小川は試合直前のインタビュー取材で新必殺技の存在を明かしていたが、それが明らかにカーフキックであることが判明した。

 

インターバル中に発表された中間採点は、ジャッジ2名がイーブン、1名が小川支持。

 

最終回、3ラウンド。それでも一撃必倒の右フックがあるジンは、危険なそれをあらゆる方法で叩きつけ、小川は、多彩なローキックを中心に豊富な技のバリエーションも次々披露。合間に肘打ちを互いに繰り出しあうが、高い集中力の両者に大きな被弾はなく、休むことなく激しい攻防が続く。苦しさを隠せないジンは必死の形相。小川は恐ろしいまでに冷淡なポーカーフェイス。

 

試合終了のゴングが鳴り、激闘に小休止。小川がイニシアティブを取りながら、ジンのワイルドパワーも強烈で、試合の流れは完全に小川に傾きながら判定はドローからの延長もあるかもしれない雰囲気。

 

結果は、スプリットデシジョン(判定2-1)で小川。接戦を制した小川は、即座に準決勝戦の準備に頭を切り替えている様子。意気消沈のジンは、1名のジャッジの支持を得ながら完敗を認めるかのように静かにリングを降りた。複数の識者と関係者が「事実上の決勝戦」とキーポイントに挙げた一戦は、やはり見応え十分のハイレベルな好試合となった。


第4試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 1回戦(A2ブロック) 3分3回戦(延長1ラウンド) 

 

◎ マサ 佐藤(名護ムエタイスクール/英雄伝説64kg級アジア王者、西日本統一ライト級王者、蹴拳ムエタイライト級王者、DBSライト級王者、元RKAライト級王者)

× 翔貴(岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/元ルンピニー日本フェザー級王者)

KO 2ラウンド 1分48秒 ※佐藤が準決勝戦進出

翔貴は、昨年急逝した母親を偲ぶリリックをイントロにミックスした曲で入場。このトーナメント唯一の地元選手だけに歓声や花束贈呈など賑やか。対する沖縄からやってきた佐藤は、国内外のビッグマッチの経験が豊富だからか風格が漂う。

 

1ラウンド、軽快にハイキックや左ボディーブローなど多彩な技を繰り出す翔貴はスピードもあり次々と攻撃をヒット。これに効いたそぶりもない佐藤は、武骨に重そうな右ローキックを振るうが、翔貴はほぼ避けてみせる。調子に乗り回転バックヒジ打ちを繰り出す翔貴だが、佐藤は冷静に空転させそこに右フックを軽く合わせ余裕が見える。

 

2ラウンド、初回は受け手にまわっていた佐藤が、3回戦故ポイントゲームの必要かグッと前に出て手数を増やし始める。翔貴も肘打ちを織り交ぜ攻勢を強めようとするが、そこに大砲のような佐藤の右ストレートが直撃され吹き飛んだ翔貴はダウン。何とか立ち上がり続行するも、火が付いたようにラッシュする佐藤の左右連打でダウンを追加され、カウントを数え始めるレフェリーはその甚大なダメージを見て早めに試合をストップした。

 

青コーナーを降りる翔貴は「マジか?」と現実がすぐに把握できない状況を口にした。

 

それなりの攻撃は被弾しながらタフネスで売る佐藤にとってはほぼノーダメージといっていい範疇で準決勝戦進出に成功した。


第3試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 65kg賞金トーナメント 1回戦(A1ブロック) 3分3回戦(延長1ラウンド) 

 

× 水落 洋祐(エイワスポーツジム/元WPMF世界ライト級暫定王者、元REBELS65kg級王者、REBELS-MUAYTHAIスーパーライト級王者、元WPMF日本ライト級王者、元WBCムエタイ日本ライト級王者)

◎ タップロン・ハーデスワークアウト(タイ/ハーデスワークアウトジム/SB世界スーパーライト級4位、元WMC世界フェザー級王者)

KO 1ラウンド 2分16秒 ※タップロンが準決勝戦進出

 同じトランクスを履いたちびっ子と入場する微笑みのタップロンには百戦錬磨の余裕が漂う。方や大ベテランながら静かに熱い気魄と緊張感で空気をピリピリさせる水落。

 

1ラウンド。右ローキックと右ストレートを強振する水落と同じく右ローとカウンター気味の右ストレートを柔らかくを放つタップロンが好対照。強いプレッシャーをかけて前に出る水落だが、タップロンはこれを受け流し右ストレートや右フックをカウンターでヒットさせる。軽く返されたようでいながら眼をシバシバさせる水落。タップロンのパンチが硬いのか、前試合(9月29日)の強烈なKO負けから短期間の試合だけにダメージが抜け切らないのか不安がよぎる。その刹那、水落の出足に合わせた右ストレートでタップロンが見事なダウンを奪う。かなり効いた様子の水落は、身体を揺らせてしまっている。ここで一気呵成に左右の連打を叩き込み左フックで腰を落としながら右ストレートもフォローされた水落が2度目のダウン。カウントを数えるレフェリーは、早めにそれを切り上げ、タップロンが1ラウンドKOの快勝。過酷な肘打ちありのワンデイトーナメント初戦をほぼノーダメージでクリアーし準決勝戦に駒を進めた。


第2試合 84kg契約 2分3回戦 肘打ちなし、首相撲無制限

 

× 肉弾子(米子ジム)

○ 馬木 樹里(岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION)

判定0-3(27-30、28-30、28-30)


第1試合 フライ級(50.8kg) 2分3回戦 肘打ちなし、首相撲無制限

 

○ 琉聖(井上道場/JAPAN KICKBOXING INNOVATION)

× 風太(岡山ジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION)

判定2-0(29-29、30-29、30-29)